100円ショップの使い捨てプラスチックコップ。誰もが一度は見たことがある、何の変哲もない日用品です。透明で、軽くて、安くて、使い終わったら捨てる。それだけのものです。でも、そんなありふれた商品が、私の人生を大きく変えることになるとは、誰が想像できたでしょうか。38歳の春、私は引っ越したばかりのアパートで、段ボールに囲まれながら、ダイソーで買ったプラスチックコップを手に取っていました。そこから始まった3年間の物語を、今日は記録しておきたいと思います。

離婚と新生活の始まり
2年前の春、15年続いた結婚生活が終わりました。子どもはいませんでした。理由は様々ありましたが、一言で言えば「すれ違い」でした。お互いを責める気持ちはなく、ただ、一緒にいることが苦しくなっていました。協議離婚で、比較的穏やかに別れることができました。
共有していた家は売却し、私は1Kのアパートに引っ越しました。荷物のほとんどは元妻が持っていき、私の手元に残ったのは衣類と本、そしてわずかな家具だけでした。キッチン用品もほとんどなく、まさにゼロからの生活でした。
引っ越し初日の夜、私は空っぽの部屋で途方に暮れていました。疲れ果てて喉が渇いていましたが、コップがありません。ペットボトルから直接水を飲みながら、「明日、必要なものを買いに行こう」と思いました。
翌日、近所のダイソーに行きました。新生活に必要なものを一気に揃えるためです。まだ離婚の傷が癒えず、人混みを避けたかったので、平日の昼間、人が少ない時間帯を選びました。
店内を歩きながら、必要なものをカゴに入れていきました。箸、皿、洗剤、スポンジ、タオル…。そしてコップ売り場にたどり着いた時、陶器のマグカップと、使い捨てのプラスチックコップが並んでいました。
普通なら陶器のマグカップを選ぶところでしょう。でも、その日の私は違いました。「どうせまた人生が変わるかもしれない。物を増やしたくない」という気持ちと、「ちゃんとした食器を使う気力がない」という虚無感が混ざり合い、使い捨てプラスチックコップを手に取りました。
クリアカップ30個入り、110円。「これで十分だ」と思い、カゴに入れました。後から考えれば、この選択が私の生活を大きく変えることになるのですが、その時の私は何も考えていませんでした。ただ、生きるために最低限必要なものを機械的に揃えていただけでした。

使い捨ての日々
新しいアパートでの生活が始まりました。朝起きて、プラスチックコップで水を飲む。コーヒーを入れて飲む。使い終わったらゴミ箱へ。洗い物をする必要がありません。皿も使い捨ての紙皿を使い始めました。調理する気力もなく、コンビニ弁当を紙皿に移して食べ、食べ終わったら全部捨てる。
「楽だな」と思いました。洗い物がないというのは、こんなにも楽なのかと。シンクには何も溜まらず、いつも空っぽです。生活感のない、無機質な部屋でした。
でも同時に、この生活は寂しさを増幅させました。使い捨てのコップで飲む水は、なぜか味気なく感じました。紙皿の上の食事は、どんなに美味しいものでも、どこか冷たく感じました。「これは食事じゃない。ただの栄養補給だ」と思いました。
会社の同僚に「最近、元気ないね」と心配されることが増えました。無理もありません。毎日同じような服を着て、髪もボサボサで、明らかに生活が荒れている様子が外見にも表れていたのでしょう。
ある日、上司に呼ばれました。「何かあったのか? 話せることなら聞くぞ」と優しく声をかけられ、離婚したことを伝えました。上司は黙って聞いてくれた後、「今は辛いだろうけど、時間が解決してくれる。でも、自分を大切にすることは忘れないでくれ」と言ってくれました。
「自分を大切にする」。その言葉が、妙に心に刺さりました。使い捨てコップで水を飲み、紙皿でコンビニ弁当を食べる生活は、果たして自分を大切にしていると言えるのだろうか。その夜、プラスチックコップで飲むビールを見つめながら、考え込みました。

転機となった来客
離婚から3ヶ月が過ぎた頃、大学時代の友人から突然電話がかかってきました。「久しぶり! 来週、出張でそっちに行くんだけど、泊めてくれない?」と気軽に頼まれました。
正直、人を家に入れたくありませんでした。荒れた生活を見られたくなかったのです。でも、「新しいアパートなんだ。狭いけど、泊まれるよ」と引き受けてしまいました。断る理由を考える気力もありませんでした。
友人が来る前日、私は慌てて部屋を片付けました。といっても、使い捨て容器だけの生活なので、ゴミを捨てるだけです。でも、ふと気づきました。「友人に出す飲み物、どうしよう」。
使い捨てプラスチックコップしかない。友人を家に招いて、プラスチックコップでお茶を出すのか? それは失礼じゃないか? そう思って、慌ててダイソーに走りました。
マグカップ売り場で立ち止まりました。でも、手が伸びません。「これを買ったら、洗わなきゃいけない。それが面倒だ」という気持ちと、「でも友人にプラスチックコップは失礼だ」という気持ちが葛藤しました。
結局、私は「おしゃれな」プラスチックコップを探すことにしました。そして見つけたのが、透明ではなく、淡いパステルカラーのプラスチックコップでした。使い捨てですが、見た目は可愛らしく、これならお客様に出しても許されるような気がしました。それを2セット購入しました。
友人が来た日、私はそのパステルカラーのプラスチックコップでお茶を出しました。「お、可愛いコップだね」と友人は言いました。「100均の使い捨てなんだ」と正直に答えると、「へえ、最近の100均はオシャレなんだね」と感心していました。
その夜、友人と久しぶりにゆっくり話しました。離婚のこと、今の生活のこと、正直に話しました。友人は黙って聞いてくれて、「辛かったね。でも、お前は強いから大丈夫だよ」と言ってくれました。
そして、プラスチックコップで一緒にビールを飲みながら、昔話に花を咲かせました。学生時代のバカな思い出、就職してからの苦労話、恋愛の失敗談…。笑って、時には真面目な顔をして、夜遅くまで語り合いました。
友人が帰った後、使用済みのプラスチックコップを手に取りました。いつもなら即座にゴミ箱に捨てるのですが、その日は違いました。このコップには、友人との楽しい時間の記憶が詰まっている気がしました。「捨てるのが、もったいないな」と初めて思いました。
結局、洗って取っておくことにしました。使い捨てコップを洗うという矛盾した行動でしたが、そうしたかったのです。綺麗に洗ったプラスチックコップは、透明感を増して、何だか特別なものに見えました。

プラスチックコップのコレクション
友人の訪問以来、私は少しずつ変化し始めました。まず、ダイソーに行くたびに、違う種類のプラスチックコップを買うようになりました。パステルカラー、ストライプ柄、ドット柄、カフェ風のデザイン…。110円という価格なので、気軽に色々試せました。
使い捨てのはずなのに、気に入ったデザインのものは洗って繰り返し使うようになりました。「使い捨てを繰り返し使う」という矛盾した行動に、自分でも笑ってしまいました。でも、なぜかそれが楽しかったのです。
セリアやキャンドゥにも足を運び、様々なデザインのプラスチックコップを集めました。同じ100円でも、店によってデザインのテイストが違うことに気づきました。ダイソーはカジュアルで実用的、セリアはオシャレでカフェ風、キャンドゥはポップで可愛らしい。
気づけば、キッチンの棚に、20種類以上のプラスチックコップが並んでいました。透明なもの、カラフルなもの、柄物、ワイングラス型、ビアグラス型…。まるでコレクションのようでした。
「今日はどのコップを使おうか」と選ぶのが、朝の小さな楽しみになりました。気分によって選ぶコップを変える。晴れた日はパステルイエローのコップ、雨の日は落ち着いたブルーのコップ、週末はビアグラス型のコップ。たったそれだけのことで、毎日に小さな彩りが加わりました。
会社の同僚に「最近、明るくなったね」と言われるようになりました。自分では特に意識していませんでしたが、確かに以前より前向きになっていた気がします。プラスチックコップというささやかな存在が、私の心に変化をもたらしていたのかもしれません。

料理への目覚め
プラスチックコップのコレクションが増えるにつれて、「コップだけじゃなく、他の食器も揃えたくなってきた」と思うようになりました。でも、まだ陶器の食器に手を出す勇気はありませんでした。洗い物への抵抗感がまだ残っていたのです。
そこで目をつけたのが、100均の可愛らしい紙皿やプラスチック皿でした。最近の100均は、使い捨て食器でもデザイン性の高いものが多く売られています。カフェ風のプレート、北欧風の柄がついた紙皿、竹製に見えるプラスチック皿…。
それらを使って、コンビニ弁当ではなく、自分で簡単な料理を作るようになりました。最初は焼きそばやパスタなど、フライパン一つでできる簡単なものでした。でも、可愛い紙皿に盛り付けると、コンビニ弁当とは全く違う満足感がありました。
「これ、SNSに載せたらいいね貰えそうだな」と思い、写真を撮ってインスタグラムに投稿してみました。「#100均食器」「#使い捨て食器」「#一人暮らしごはん」というハッシュタグをつけて。
すると、予想以上の反応がありました。「使い捨て食器でこんなにオシャレになるんですね!」「参考になります」「私も真似します」というコメントが次々に届きました。同じように一人暮らしで、食器を揃える気力がない人たちが、意外と多いことを知りました。
「もっと色々作ってみよう」という気持ちが湧いてきました。100均のレシピ本を買い、簡単な料理に挑戦し始めました。オムライス、ハンバーグ、親子丼、グラタン…。作った料理を可愛い使い捨て食器に盛り付けて、写真を撮って投稿する。それが新しい趣味になりました。
フォロワーが増え、コメントでやり取りをするうちに、「使い捨て食器で楽しむ一人暮らし」というコミュニティのようなものができていきました。みんな、それぞれの事情で使い捨て食器を使っていました。離婚、転勤、学生で忙しい、メンタルの不調…。理由は様々でしたが、「ちゃんとした食器を使わなくても、食事は楽しめる」という共通の価値観がありました。
父との和解
ある日、疎遠になっていた父から電話がありました。「元気にしてるか?」というぎこちない声でした。父とは離婚のことで少し揉めていました。父は古い考えの人で、「結婚したら最後まで責任を持つべきだ」と私を責めました。私も感情的になり、「あなたに何が分かるんだ」と言い返してしまいました。それから半年以上、連絡を取っていませんでした。
「たまには顔を見せに来い」と父は言いました。「分かった。今度の日曜日に行くよ」と答えました。電話を切った後、「何を話せばいいんだろう」と不安になりました。
日曜日、実家を訪れました。母は既に他界しており、父は一人暮らしでした。玄関を開けると、父が出迎えてくれました。以前より老けたように見えました。
「上がれ」と言われ、リビングに通されました。父はお茶を入れてくれました。気まずい沈黙が流れました。何を話せばいいのか分からず、お互い視線を泳がせていました。
「最近、料理をするようになったんだ」と、私は話題を作るために言いました。「へえ、お前が料理をねえ」と父は意外そうな顔をしました。「100均の使い捨て食器で、色々作ってるんだよ。インスタにも載せててさ」とスマホを見せました。
父は老眼鏡をかけて、私のインスタを見始めました。「ほう、これお前が作ったのか。上手いじゃないか」と感心してくれました。「使い捨て食器でも、こんなに綺麗に見えるんだな」と何枚も写真をスクロールしていました。
「実はな、俺も最近、使い捨ての食器使ってるんだ」と父が言いました。「母さんが亡くなってから、洗い物が億劫でな。紙皿とかプラスチックのコップとか、便利だなって思ってさ」。父も私と同じように、使い捨て食器に頼っていたのです。
「そうだったんだ。じゃあ、今度一緒にダイソー行こうよ。色々種類あるから」と私は提案しました。「おう、そうするか」と父は笑顔で答えました。
その日から、父との関係が少しずつ改善していきました。月に一度、一緒にダイソーに行き、新しいデザインの使い捨て食器を探すのが恒例になりました。父は意外と食器のデザインにこだわりがあり、「この柄は気に入らん」「これは上品でいいな」と品定めするのが楽しそうでした。
たまに父の家で一緒に料理を作ることもありました。父は昔ながらの肉じゃがや煮物が得意で、私はパスタやオムライスが得意。お互いの得意料理を教え合い、使い捨て食器に盛り付けて食べました。「たまにはこういうのもいいな」と父は満足そうでした。
プラスチックコップで乾杯する父との時間は、想像していた以上に温かいものでした。「離婚のことで、きつく言ってすまなかった」と父は謝ってくれました。「いや、俺も感情的になってごめん」と私も謝りました。使い捨てのコップに注がれたビールでしたが、それは何よりも大切な和解の一杯でした。
新しい出会い
インスタのフォロワーの中に、よくコメントをくれる女性がいました。ユーザー名は「momo_cafe」。彼女も使い捨て食器で料理を楽しんでいて、センスの良い投稿をしていました。
ある日、彼女から「今度、使い捨て食器好きな人たちでオフ会やりませんか?」というDMが届きました。「面白そうですね。参加します」と返信しました。正直、少し緊張しましたが、同じ趣味を持つ人たちと会ってみたいという好奇心が勝りました。
オフ会は都内のカフェで開催されました。集まったのは5人。年齢も性別もバラバラでしたが、みんな「使い捨て食器で日常を楽しむ」という共通点がありました。
momo_cafeさんは、想像していたより若い女性でした。28歳で、webデザイナーをしているそうです。「仕事が忙しくて洗い物する時間がないんですけど、食事は楽しみたいから使い捨て食器にハマったんです」と話していました。
他にも、大学生の男の子、50代の主婦、30代の会社員女性が参加していました。それぞれが持ち寄った100均の使い捨て食器を見せ合い、「これ可愛い!」「このデザイン初めて見た!」と盛り上がりました。
「次は、みんなで料理持ち寄りパーティーしましょうよ」と主婦の方が提案しました。「それぞれが100均の使い捨て食器で料理を作ってきて、シェアするの」。全員が賛成し、次回のオフ会の企画が決まりました。
帰り道、momo_cafeさんと二人で話しながら駅まで歩きました。「楽しかったですね」と彼女が言いました。「本当に。みんな良い人で安心しました」と私も答えました。「今度、二人で100均巡りしませんか? 新しい使い捨て食器探しに」と誘われ、「ぜひ」と即答しました。
それから、彼女とは頻繁に会うようになりました。一緒にダイソーやセリアを巡り、新商品をチェックし、カフェでお茶をする。恋愛感情というより、良き趣味仲間という感じでしたが、一緒にいて心地よかったのです。
