贈り物手帖
~~旅・バイク・酒好きの元教員が語る旅日記シリーズ(2)~~
清川千歳
スマートフォンで一般の者でも簡単に物が売れる時代になっており、なかなか高齢者の私にはついていくのが必死なのだが、物々交換のインターネット版もあるようだ。
大分県大分市には千四百年近く続く物々交換の市がある。坂ノ市地区の「萬弘寺の市」である。毎年五月の縁日にあたる一週間「萬弘寺の市」の初日(以前は三日間行われていた)に物々交換が行われる。
私が坂ノ市の近辺に赴任した頃は、大分市の戸次や松岡など四つか五つの地区から「オトコシ」とよばれる「男衆」が季節の農産物などを前日の夜から持ち寄り、臼杵市の佐志生や大分市の佐賀関など三つか四つの地区から「オナゴシ」とよばれる「女衆」が海産物と芋をこれまた前日の夜から持ち寄ってきた。
午前三時を過ぎる頃まだ暗い中、自ら持ち寄った農産物や海産物を売り込み始め、「かえんな(換えないのか)」「かえんかえ(換えないか)」の声が飛び交う。それぞれの品を触れては文句をつけて良い条件で物々交換をしようとする交渉術が見ものだ。相手を騙すことから「だまし市」とも呼ばれる。いつの世も女衆の方が買い物の交渉には長けているようで、更には漁村の女性はとにかく気が強い。男衆はだらしないほどに怖気づき、無理やり交換されてしまうこともあるようだ。
その土地土地の文化を楽しめるのだから、転勤族もまんざら悪いものではなかった。