「チョーク」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。学校の黒板、先生の手、白い粉が舞う教室――多くの人にとって、チョークは「学生時代の思い出」に結びついているはずだ。
私もそうだった。社会人になってから、チョークなんて触る機会もなく、存在すら忘れていた。それが再び私の人生に登場したのは、ある休日、ダイソーの文房具コーナーを何気なく眺めていた時のことだった。
色とりどりのチョークが、透明なケースに入って並んでいた。白、赤、青、黄色、緑――全12色。値段は100円。
「チョークって、100均にも売ってるんだ」
特に必要だったわけではない。でも、カラフルな見た目に惹かれて、つい手に取ってしまった。久しぶりに触るチョークの感触。少しザラッとした表面。軽い重さ。懐かしさが込み上げてきた。
「何かに使えるかもしれない」
そう思って、レジに持って行った。この何気ない買い物が、私の日常に小さな変化をもたらすことになる。

最初のプロジェクト――黒板シートに絵を描く
チョークを買ったはいいものの、使い道がない。黒板なんて持っていないし、道路に落書きするわけにもいかない。引き出しにしまって、そのまま忘れてしまいそうになった。
でも、数週間後、再びダイソーに行った時、面白いものを見つけた。「黒板シート」――黒板のような質感のシール状のシートで、壁に貼ればどこでも黒板になるというもの。サイズは45cm×60cmほど。値段は200円。
「これだ!」
すぐに購入して帰宅した。リビングの壁の一角、何も飾っていない空白のスペースに黒板シートを貼ってみた。賃貸なので、剥がせるタイプを選んだ。貼るのは簡単で、空気を抜きながらゆっくり押さえていくだけ。5分ほどで完成。
そして、引き出しに眠っていたチョークを取り出した。
何を描こうか。少し迷って、まずは「Welcome」と英語で書いてみた。久しぶりのチョーク。子どもの頃のように、カツカツと音を立てながら文字が壁に現れる。
思っていたより、ずっと楽しかった。

チョークで描くことの不思議な魅力
それから、黒板シートは私の「日替わりキャンバス」になった。仕事から帰ってくると、まず黒板の前に立つ。今日は何を描こうか、何を書こうか。
毎日変わるメッセージ
最初は、その日の気分を一言で書いた。
「今日はいい天気」
「明日は頑張ろう」
「コーヒーが美味しかった」
たわいもない言葉だけれど、書くことで一日を振り返る習慣ができた。日記をつけるのは続かなかったが、黒板に一言書くだけなら負担にならない。しかも、壁に大きく書かれた文字は、翌朝目に入る。自分へのメッセージが、次の日の励みになる。
イラストを描く楽しみ
文字だけでは物足りなくなって、イラストも描くようになった。といっても、絵は得意ではない。でも、チョークには「下手でも味になる」という不思議な魅力がある。
カフェ風の手書き文字、簡単な花の絵、猫のシルエット。何を描いても、チョーク独特の温かみが出る。完璧じゃなくていい。ちょっとガタガタでも、それが「手作り感」になる。
友人が遊びに来た時、「おしゃれ!カフェみたい!」と言ってくれた。まさかそんなふうに言ってもらえるとは思っていなかったので、嬉しくなった。
消せる自由
チョークの最大の魅力は、「消せること」だ。気に入らなければ、濡れた布でサッと拭けば消える。何度でも描き直せる。失敗を恐れずに挑戦できる。
この「消せる自由」が、私の創作意欲を後押しした。ペンや絵の具だと、失敗したらどうしようと躊躇してしまう。でもチョークなら、間違えてもやり直せる。気楽に、遊び心で描ける。

セリアとキャンドゥのチョークも試してみた
ダイソーのチョークが気に入ったので、他の100円ショップでも探してみた。
セリアのチョーク
セリアには、より多彩なカラーバリエーションがあった。パステルカラーのチョークセットが特に可愛い。淡いピンク、水色、ラベンダー色――優しい色合いが、女性らしいデザインにぴったり。
また、「液体チョーク」という商品もあった。ペン型で、黒板に書くとチョークのような質感になる。普通のチョークより発色が良く、手が汚れないのが便利。ただし、消すのが少し大変で、しっかり擦る必要がある。
キャンドゥのチョーク
キャンドゥでは、「太いチョーク」を見つけた。通常のチョークの2倍ほどの太さで、大きな文字を書く時に便利。力を入れなくてもしっかり色がつく。
それぞれに特徴があるので、用途に応じて使い分けるようになった。細かい文字はダイソー、柔らかい雰囲気を出したい時はセリア、大きく目立たせたい時はキャンドゥ。

チョークの使い道が広がっていく
黒板シートに描くだけでは飽き足らず、他の使い道も探し始めた。
使い道1:子どもの遊び相手として
姪っ子が遊びに来た時、一緒に黒板で遊んだ。5歳の彼女は、チョークを手にすると目を輝かせた。
「お絵かきしていい?」
「もちろん!好きなだけ描いていいよ」
彼女は夢中になって、動物や花、虹を描いた。上手い下手なんて関係ない。ただ楽しそうに、自由に描く姿が微笑ましかった。
「消していい?」と聞かれたので、濡れた布を渡すと、嬉しそうに黒板を拭いていた。描いては消し、描いては消し。何時間でも遊んでいられそうだった。
「また来た時、これで遊ぼうね」
帰り際、彼女はそう言って手を振った。チョークが、子どもとの大切な時間を作ってくれた。
使い道2:予定管理ボード
黒板シートの一角を、予定管理ボードにしてみた。白いチョークで線を引いて、簡易的なカレンダーを作る。日付と曜日を書き、予定を書き込んでいく。
スマホのカレンダーアプリも使っているが、壁に大きく書かれた予定の方が目に入りやすい。朝起きた時、家を出る前、必ず目にする場所にあるから、予定を忘れにくい。
終わった予定は消す。その「消す」という行為が、達成感を生む。視覚的に「やり遂げた」と実感できるのがいい。

使い道3:買い物リスト
冷蔵庫の横にも小さな黒板シートを貼って、買い物リストを書くようにした。
「牛乳」「卵」「トマト」
思いついた時にすぐ書けるし、買い物に行く前にスマホで写真を撮れば、リストを持ち歩く必要もない。買ったら消す。シンプルで、続けやすい。
使い道4:植木鉢のラベル
ベランダで小さな家庭菜園を始めた時、植木鉢に何を植えたか分からなくなる問題が発生した。
そこで、小さな木の板(これも100均)に黒板塗料を塗って、チョークで植物名を書いた。「バジル」「ミント」「トマト」――手書きのラベルが、ガーデニングに温かみを加えてくれた。
育て終わったら消して、次の植物名を書けばいい。何度でも使い回せるエコなラベル。
使い道5:メッセージボード
家族と暮らしていた頃、玄関に黒板を置いて、家族間のメッセージボードにしていた。
「先に出かけます」
「夕飯は冷蔵庫にあります」
「お疲れさま、今日もありがとう」
ちょっとした伝言を、手書きで残す。LINEやメールもいいけれど、手書きのメッセージには特別な温もりがある。字の癖や、ちょっとした絵が、相手の気字の癖や、ちょっとした絵が、相手の気持ちを伝えてくれる。母が描いた下手くそな猫の絵を見て、クスッと笑ったことを今でも覚えている。
チョークアートへの挑戦
黒板に絵を描くことが日常になってくると、もっと本格的に描いてみたいという欲が出てきた。そこで知ったのが「チョークアート」という世界だった。
チョークアートとの出会い
インスタグラムで偶然見かけた、カフェのメニューボード。黒板に描かれたカラフルなコーヒーカップ、立体感のある文字、繊細なグラデーション。
「これ、チョークで描いてるの?」
信じられなかった。あの学校で使っていたチョークで、こんなにも美しいアート作品が作れるなんて。
調べてみると、チョークアートは海外では人気のアートジャンルで、日本でもじわじわと広がっているらしい。専門の教室もあるが、独学で始める人も多いとのこと。
「私にもできるかな」
YouTubeで初心者向けのチョークアート講座を検索した。たくさんの動画がヒットする。どうやら、特別な才能がなくても、コツさえ掴めば描けるようだ。
最初の本格的な作品
まずは簡単なものから。コーヒーカップの絵に挑戦してみた。
手順:
- 白いチョークで下書き
- 茶色のチョークでカップを塗る
- 指でぼかして、グラデーションを作る
- 白で湯気を描く
- 細かいハイライトを足す
最初はぎこちなかったが、指でぼかす作業が意外と楽しい。チョークの粉が指につき、それを使って色を伸ばしていく。まるで絵の具で描いているような感覚。
2時間ほどかけて、初めてのチョークアート作品が完成した。プロのようにはいかないけれど、自分なりに頑張った一枚。それを見た瞬間、達成感で胸がいっぱいになった。
「私にもできた」
その実感が、自信に繋がった。
技術の向上
それから、毎週末、新しい作品に挑戦するようになった。
- 花のリース:色とりどりの花を円形に配置
- レタリング:カフェ風のおしゃれな文字デザイン
- 風景画:夕日と海のシンプルな構図
- 食べ物:ケーキ、パン、フルーツ
描くたびに、少しずつ上達していくのが分かる。最初はぎこちなかった線が、だんだんスムーズになる。色の組み合わせ方も、経験を重ねるうちに理解できるようになってきた。
何より、描いている時間が楽しい。日常の忙しさを忘れて、ただ目の前の黒板に向き合う。無心になれる時間が、私にとって大切なリフレッシュの時間になった。
チョークから広がった人との繋がり
チョークアートを続けていると、思いがけない繋がりが生まれた。
SNSでの交流
作品をInstagramに投稿し始めた。最初は誰も見ないだろうと思っていたが、少しずつフォロワーが増えていった。
同じようにチョークアートを楽しんでいる人たちが、コメントやいいねをくれる。「素敵ですね!」「このグラデーション、どうやって作るんですか?」といったメッセージが届く。
見ず知らずの人たちだけれど、同じ趣味を共有しているという一体感がある。作品を通して、全国の人と繋がれることが嬉しかった。
友人からの依頼
「結婚式のウェルカムボード、描いてくれない?」
ある日、友人からそんな依頼があった。彼女の結婚式で使うウェルカムボードを、チョークアートで描いてほしいという。
「私なんかでいいの?プロじゃないよ」
「だからこそいいの。友達が描いてくれたって、特別じゃない?」
彼女の言葉に背中を押されて、引き受けることにした。
初めての「作品制作依頼」
結婚式の2ヶ月前、本格的に制作を始めた。新郎新婦の名前、式の日付、「Welcome」の文字、そして二人の好きな花であるひまわりをモチーフに。
何度も描いては消し、描いては消し。満足いくまで繰り返した。これまでは自分のためだけに描いていたが、今回は「誰かのため」。そのプレッシャーもあったが、それ以上に「喜んでもらいたい」という気持ちが強かった。
完成したボードを見て、友人は泣いて喜んでくれた。
「ありがとう、これ、一生の宝物にするね」
その言葉を聞いた時、涙が出そうになった。100円のチョークから始まった趣味が、誰かの大切な日を彩ることができた。こんなに嬉しいことはない。
結婚式当日、会場の入り口に飾られた私のボード。たくさんのゲストが写真を撮っていた。「手作りなんですよ」と友人が説明すると、みんな驚いていた。
「これ、どこで注文したの?」
「友達が描いてくれたの」
「すごい!素敵!」
そんな会話が聞こえてきて、胸が熱くなった。
近所のカフェとのコラボレーション
友人の結婚式がきっかけで、思わぬ展開が訪れた。式に参加していたゲストの一人が、地元で小さなカフェを経営していた。彼女が声をかけてくれたのだ。
「うちのカフェのメニューボード、描いてくれませんか?」
まさかの依頼に、驚きと嬉しさで言葉が出なかった。
「もちろん、謝礼はお支払いします。素人だからとかじゃなくて、あの温かい雰囲気がうちのカフェにぴったりだと思って」
人生で初めての「仕事としての依頼」だった。
カフェのメニューボード制作
週末、カフェを訪れて、オーナーと打ち合わせをした。どんな雰囲気にするか、何を描くか、色使いは――話しているうちに、イメージが膨らんでいく。
カフェの店内は、木の温もりを感じるナチュラルな空間。窓から差し込む柔らかい光。手作りのケーキが並ぶショーケース。
「ここに私の絵が飾られるんだ」
実感が湧いてきて、胸が高鳴った。
制作には1週間かけた。メニュー項目、価格、コーヒーカップやケーキのイラスト、季節の花。すべてを丁寧に、心を込めて描いた。
完成したボードを店に設置した時、オーナーは満面の笑みで言ってくれた。
「完璧です。お客さんも絶対喜びます」
お客さんの反応
ボードを設置してから数日後、カフェを訪れてみた。お客さんがボードの前で写真を撮っている。
「このボード、可愛い!」
「手描きなんだって」
「温かみがあっていいよね」
そんな会話が聞こえてきた。自分が描いたものが、見知らぬ人たちに喜んでもらえている。その事実が、信じられないほど嬉しかった。
オーナーからは、「季節ごとに描き直してほしい」という継続依頼もいただいた。春は桜、夏はひまわり、秋は紅葉、冬は雪の結晶――季節の移り変わりを、チョークで表現する。
100円のチョークが、小さな副業に繋がった瞬間だった。
