毛利達男について

ものがあふれている時代だからこそ
人とのつながりを感じられる手描きにこだわりたい

毛利達男

墨彩絵師  毛利達男

手描きによる作品づくりへのこだわり

もともと手仕事が好きでクラフトの「手」でつくることに自分自身こだわってやってきました。
しかし、モノが溢れ手描きの文化に機械化の波が押し寄せ、どんどんデジタルへと移行していく時代の中で自分の手でしかできないものづくりの考え方を大事にしたいという思いが生まれてきました。
機械と違ってみんな手が違うから、一つとして同じものはできない。
毛利達男でしかできない表現を「名前の詩」の贈り物を通して共感していただけたら幸いです。

強い精神集中と緊張

ご注文者様や詩を贈られる方を想い、一つ一つ丁寧に描こうとするところには手間ひまがかかります。
手描きの味わいをより良く表現するために下書きは一切しません。
またなぞることなく、一筆で描きますので強い精神集中と緊張が要求されます。

制作で大事にしていること。大切なことば「笑顔、家族、絆」

名前の詩にある文字や絵のメッセージ性をもっと大事にしていきたいと思っています。
詩の中の大事なことば「笑顔」「絆」「家族」などの文字は少し大きめにレイアウトしています。
感情をこめて描いていると自然とこういうことばは大きくなっていきますが。
詩や文字、絵柄の全体のバランスも大切です。
同じ文字でも少しずつ字体は異なり、その瞬間にしか生まれない作品となります。
一つは「手描きの風合いを活かす」ということです。筆の勢い、擦れや滲みを敢えて判るように描いています。
もう一つは「余白を作る」ということですね。
日本画等にもあるように、余白によって余韻というか、情緒を感じさせるという日本人ならではの美意識があるんだと思います。

記憶に残っている制作エピソード、苦労話

ご注文時にお客様に「詩にする方」のご趣味やエピソード、想いを記入いただきますが、少ない情報の中で納得いただける内容の詩をつくるのにはいつも苦労します。
ことばを選び、表現する。
手描きの筆の味わいをより良く表現するために下書きはしませんので強い集中力が必要となります。

手描きには、人とのつながりを大切にする日本人ならではの心があります。
「毛利達男「名前の詩」の贈り物」をご注文いただいた方の想い、ぬくもり、愛情などが感じられるような作品をこれからも先創っていきたいと思っています。

毛利達男略歴
少年時代 毛利達男は1955年(昭和30年)大分県別府市に生まれました。
別府温泉の産湯につかり、少年時代は、野に山に駆け回って遊んでいました。
勉強はあまり好きではなかったですが、絵を描いたり物を作ったりすることは大変好きな子でした。
小学校3年生くらいから油絵を描いていたり、父が竹工芸の職人だったので水鉄砲を作ったり、弓矢や刀を作って遊んでいました。
また、動物が大好きで犬はもちろん、ウサギ、リス、ニワトリ、ヘビ、ワニ、熱帯魚などいろいろな動物を飼っていました。
●写真は子供のころの達男とむつみです。多分昭和33年くらいだと思います。
高校は、当時全国でも公立高校では珍しい、美術科と音楽科の芸術専門高校「大分県立芸術短期大学附属緑丘高等学校」の美術科に進学し主にデザイン、絵画、彫塑などを学びました。
絵を描く原点はここで学んだ自由な校風と、個性豊かな先生方の出会いのおかげと感謝しております。
  部活は1年生のときブラスバンド部(トランペット)に所属し吹奏楽コンクールでは大分県で金賞を取り、鹿児島で行われた九州大会に出場、結果は銅賞の九 州で3番目でした。2年生になると友人とサッカー部を作りフォワードとして活躍しました?。公式戦は1度も対戦したことがなくもっぱら練習のみの部活でした!!
卒業生に元西鉄ライオンズの名投手、神様・仏様・稲生様の「稲尾和久」さん、
声楽家で阪神タイガースの六甲おろしを歌わせたら天下一品の「立川澄人」さん、昔、アイドルだったスターにしきのの「錦野旦」さんらがいます。
クリスマス 高校を卒業し1973年(昭和48年)福岡県北九州市の小倉・井筒屋百貨店の企画室宣伝部に入社しディスプレイ、店舗 改装、ファッションショー、イベント企画などの仕事をしました。ここでは、いろんな素材との出会い、立体造形の面白さ、人間のつながりの中でのものづくりなどや、お酒、人間関係、社会の仕組みなど人生の基本となる部分を沢山経験しました。
●写真はクリスマスセールのエスカレーターサイドの電飾ディスプレイ。
竹とガラスを組み合わせたサラダボール 1979年(昭和54年)クラフトの仕事がしたくて小倉・井筒屋百貨店を退社し別府にUターンし「毛利クラフトマン工房」を設立。竹の素材を活かした生活に潤いのある竹のクラフトの手仕事を始めました。
  竹の持つ肌触り、艶やかさなどをいかした作品、商品を数多く生みだしました。
●写真はヒット商品の一つ。竹とガラスを組み合わせたサラダボール。
写真は家族団欒のひととき 1982年(昭和57年)むつみと結婚し2男1女をもうけ楽しい我が家の暮らしをささやかにしております。
 長男は「拓斗」と名付けました。「拓」は「ひらく」という意味があります。「斗」は北斗七星の斗から取って「星」の意味にしました。自分の人生は自分で切りひらいて、自分の星をつかめと願いを込めました。
 次男は「隼斗」と名付けました。「隼」は自由に大空を翔びまわっての意味です。「斗」は長男と同じように「星」の意味です。自由に大空いっぱい翔びまわって活躍してくださいと願いを込めました。
 長女は「つむぎ」と名付けました。着物の「紬」からの意です。着物の反物は縦糸と横糸で織ってゆきます。縦糸は両親からもらった一生決まっている事、横 糸は自分がこれから生きてゆく中でいろいろな体験をしたり考えをもって作って歩む人生、それによって自分の人生の着物の絵柄を作ってくださいと願いを込め ました。
●写真は家族団欒のひととき(拓斗君は欠席)
多くのファンを魅了した「一閑張」の器 1986年(昭和61年)竹と和紙の素材を組み合わせた「ものづくり」を初めました。
 主な商品は一閑張の器、あかり、時計などの和のインテリアで、和の空間を楽しむ「ものづくり」にチャレンジ。特に和紙にはこだわりを持っていましたので、全国各地の漉き場を訪ね私が求めている和紙を探して廻りました。
●写真は全国のおしゃれなお土産屋さんに登場し多くのファンを魅了した「一閑張」の器。
佐志生工芸村 1989年(平成元年)には、工房、自宅とも別府市より臼杵市佐志生に移転しました。
 佐志生の街は半農半漁のものすごく田舎なのですが、人はやさしく、魚は美味しく、空気はきれい、気候は温暖、海は熱帯魚が泳いでる、夏には蛍が飛び、カブトムシ、クワガタがやってくるとっても豊かなところです。
特に臼杵のふぐ料理は最高で正月開けの白子はなんともいえない美味しさです。是非、食べに来てね。
●写真は佐志生工芸村のシンボルUFO!佐志生の田舎の街に異邦人が来たとの意味を持たせたモニュメントです。デザインは毛利達男、製作は三好史郎氏の若きころの共同制作です。
1997年(平成9年)「フランスにおける日本紹介年」で渡仏。別府市の女性ばかりの「くれない太鼓」の皆さんとフラ ンス・プロバンスにて太鼓の演奏や、竹、和紙などの紹介をしました。フランスの4月はサマータイムになっていて、レセプションが夜の8時から始まって次の 日の1時、2時まで行われるので大変でした。でも、楽しく貴重な体験でした。
福が来るように「ふくきたる」の詩の額絵。 2000年(平成12年)子ども時代から好きだった絵を描こうと、自己流の墨彩画を描き始める。
 2002年(平成14年)秋より毛利達男「名前の詩」の贈り物シリーズを始める。毛利達男が描いて来た墨彩画にお名前でお創りした詩を合体させ、感動と喜びと感謝を皆様にと日夜頑張っております。
 そして、毛利達男「名前の詩」の贈り物が私のライフワークの仕事になると思っています。
 現在、60,000件を越えるご注文を頂いております。
  本当に、皆様には感謝、かんしゃ、カンシャです。 ありがとうございます。
●写真は皆様に福が来るように「ふくきたる」の詩の額絵。
ヨットのクルージング中の拓斗と隼斗
  • ▼趣味は
    • ヨットのクルージング、最近は忙しくて乗っていません。
    • 苔の栽培、苔ってどこにでもあるんだけど奥が深い・・・美しい。
    • 石ころひらい・・・浜々でいろんな表情を持っている石・・・眺めていると楽しい。
  • ▼特技は
    • 拾ってきたもので、いろんな物を作って楽しんで遊ぶこと。
  • ▼尊敬する人物は
    • 坂本龍馬
    • 毛利正則
    • 岩尾勝太郎
  • ▼好きなことは
    • みんなと楽しくお酒を飲んでワイワイガヤガヤすること。
    • 毛利達男お勧め臼杵の「ふぐ」屋さん
      「久楽」のホームページ http://hisaraku.com
    • 阪神タイガースの大ファン(40年以上のトラキチ)。
    • かわいく、おしゃれな女性とのお話。
    • 好きな食べ物は、美味しいお酒の肴。
    • 麺類(うどん、そば、ラーメン、冷麺、パスタ)。
  • ▼嫌いなことは
    • ギャンブル、タバコ、カラオケ、蜘蛛、蛾。
    • 嫌いな食べ物、酢もの、おから。
  • ▼所属は
    • 九州クラフトデザイン協会 会員
    • 大分県デザイン協会 会長
    • 別府竹製品協同組合 組合員
    • 不良中年の会 主宰
  • ▼最近やってることは
    • 朝の散歩。野花が咲いてたり、鳥のさえずりが聞こえたり
      早起きは3文の徳と思っております・・・
●写真は、ヨットのクルージング中の拓斗と隼斗。
1955/大分県別府市生まれ
1972/17歳(高校3年生)の時に父を病死で亡くす
1973/大分県立芸術短期大学附属緑丘高等学校 美術科 卒業
1973/北九州市小倉北区 株式会社小倉井筒屋百貨店 企画室宣伝部 勤務(勤続6年)
1979/竹のクラフトを始める 毛利クラフトマン工房設立
1986/竹と和紙を素材にした物づくりを始める SUTUDIO/KERI設立
1988/有限会社 佐志生工芸村設立
1989/別府市より臼杵市佐志生に移転
1997/「フランスにおける日本紹介年」で竹、和紙の紹介のためフランスに渡る
2000/墨彩画を描きはじめる
2002/毛利達男「名前の詩」の贈り物、創作活動開始
2002/小倉井筒屋、千里阪急、京都JR伊勢丹、札幌きた吉、神戸阪急、岡山高島屋、横浜高島屋で作品展
2003/広島三越、京都高島屋、松山三越、黒崎井筒屋、小倉井筒屋、千里阪急で作品展
2004/松山・三越、小倉井筒屋、京都高島屋、千里阪急、横浜高島屋で作品展
2007/イタリア・ミラノにて作品展を開催
2008/新社屋・アトリエ「蕊」落成
2009/アートカフェ「銀乃竈」オープン
2011/オランダ人芸術家「テオ・ヤンセン」氏と竹の創作ビーチアニマルでコラボレーション
2012/京都造形芸術大学入学 通信教育部芸術学部 芸術学科 和の伝統文化コース
2013/大分県デザイン協会 会長就任

賞歴

  • 第8回日本伝統的産業工芸展 「振興協会奨励賞」「特別賞」
  • デザインウェーブ 「県産品CI計画賞」
  • 別府市竹製品新作展 「別府クラフト協同組合理事長賞」
  • デザインウェーブ 「奨励賞」
  • インターナショナルギフトショー 「新商品コンテスト準大賞」
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